京王企画が出来る前のスロット創世記

京王企画で以前から取り上げられている攻略法というのはなぜ機種ごとにやり方、方法など違いがあるのか。

そこにはパチスロ自体の歴史と、それとともに移り変わるスロット業界、スロットメーカーに対する、法律と規定の移り変わりを含めた時代背景にあります。

まず現在のパチスロ機のような3枚のメダルを投入し、レバーを動かし、ボタンを押して3つの廻っているリールを止めるというシステムが確立され、ゲームに必要となるメダルの貸し出し金額を1枚20円と規定しました。

当時のスロット台を製作していたメーカーは今現在も社名を変更したり、企業規模を大きくしているメーカーが数社残っています。

また反対に当時パチスロ業界にいち早く参入しこんにちのスロット産業の基礎を作った会社も、後々の規定の改正などに企業側の開発能力がユーザーのニーズに答えられなかったり、企業側が問題を起こしたりとして消えていったところもあります。

全国の回胴式設置台数は9万7,147台(回転式含む)と登録されています。

この当時、同じようにホールに設置されていたパチンコでは歴史が古いせいもあり、また昭和58年ごろ新規開店が相次いだ為に設置台数が急増し269万9,016台が登録されていたと記録に残っています。

この台数の違いからも分かるように当時、いかにパチスロ機が世間に認知されていなかったかが分かります。

この時、パチスロ機はスロット、パチスロなどとともにアメリカンパチなどと呼ばれ大衆に親しまれていました。

昭和58年当時のスロット台のことを現在では0号機という規格の台とされています。

ゲーム性はどのようなものだったのかというと、今現在のパチスロ機とは程遠く、ボタンを留めた場所で絵柄が絶対に止まるというシステムでした。

現在ではいくらボーナス絵柄を一生懸命きっちり通り過ぎる瞬間にボタンを押してリールを止めたとしても、中に入っている基盤がボーナスフラグを成立させていない限りそろえることはできないようになっています。

このことからも分かるように、まだまだスロット台は現在のような人気になるほどのパチスロとしての楽しみ、演出などは一切ありませんでした。

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